アラフォー事務リーマンの雑記

つらつらと思いついたことを書いていきます。

ムナクソ駄作と紙一重・容疑者Xの献身

 

 

今回は東野圭吾氏の小説、「容疑者Xの献身」を語っていきたい。
私がとても好きな小説の一つである。
直木賞を受賞し、映画化もされてる。何度かテレビ放送もされているので、ご存じの方は相当多いだろう。
今さらかと思う人も多いが、あらすじから紹介したい。

(以下、ネタバレ注意)

 

 

天才科学者・湯川が探偵役を務めるミステリー・ガリレオシリーズの一作である。

しかし、今作で中心人物となるのは、その湯川の大学時代の友人で、数学者の石神である。
この作品のみに登場するキャラだ。
作中でぶっちぎりチート頭脳の湯川に比肩する頭脳の持ち主と書かれる。


高校の数学教師を務める石神は、アパートの隣人の靖子に密かな恋慕を抱いていた。
しかし、30を超えて独身で、ハゲかけて見た目も人より老けている上に不愛想。
数学しか知らない自分に自信がなかった。
靖子が務める弁当屋の常連客とはなったが、客として接していたのみであった。

靖子は夫と離婚して、娘と暮らすシングルマザーだ。
石神は全く眼中になかった。そもそも、好意を抱かれるということも気づいてなかった。
そんな中、靖子の元夫、富樫が靖子に復縁を迫った。
富樫は昔、会社の金を横領をしてクビになった。
その挙句、靖子に暴力を振るい、金を巻き上げために離婚した。
復縁は当然、拒絶する。
母子と大げんかとなり、靖子は勢い余って富樫を殺してしまった。
それに隣室から気づいた石神は、絶望する靖子に、自分が何とかすると言う。

その後、殺人事件の捜査が警察によって始まる。
被害者の元妻の靖子には激しい嫌疑の目が向けられる。
アリバイとして、死亡推定時刻の映画の半券が出てくる。
半券は、ゴミ箱をあされば用意できないこともない。
また、半券を受け取ってから抜け出すこともできる。
中途半端なアリバイであり、警察の疑惑は晴れない。
靖子とその周辺への捜査は続く。

しばらくして、湯川は気づく。
石神が事件の後、違う日に別人を殺害して、それを富樫の死体と見せかけたことに。
あえて破れそうなアリバイを用意して、靖子のアリバイ崩しに夢中にさせ、死体を富樫と警察に思いこませる。
それが石神の目的だった。

石神は、富樫殺しで自首をする。
石神は湯川が気付いた通り、富樫殺害の翌日、いなくなっても騒ぎにならなそうなホームレスを選んで、殺した。
死体を富樫と見せる細工と、前日に死んだ富樫の死体の始末も完璧にした。
湯川が真相が分かっても、細工が完璧で本人が認めている以上、石神を富樫殺しの犯人とせざるを得ない。

石神への聴取中が終わり、留置場に連行される際、靖子がそこにいた。
両手をつき、床に頭をこすり続けながら、石神にひたすらわびる。
「石神と一緒に罰を受ける。自分ができることはそれだけ」と泣きながら喚く。

石神の咆哮で、物語は終わる。

 

私は、ホームレスを殺して、富樫を殺した日を変えたトリックを知ったとき、「おおー、その手があったか!!」と心の中で叫んだ。
また、途中でやたらと本筋に関係のないホームレスの描写が多かった。
ホームレスをトリックで使うんだろうなと思って、それがあっていて点も、とても嬉しかった。
(テキトーにあてずっぽした犯人や、この描写や要素がキーになると思ったことがあってたら嬉しくなるのは、推理小説あるあるだと思う。)

石神が高校教師として過ごす描写や教育論なども面白かった。

また、湯川が唯一認めた天才との再会で、友情を温め合う描写は心あたたまるものもあった。

そして、最後の靖子と石神のやり取りは、心を大いに揺さぶられた。
ぜひとも原作を読んで欲しいと思う。


心から感動して読了してから、靖子が殺人を名乗り出なかった場合はどうかということをふと考えた。

作中でも、靖子が、以下で大いに葛藤する様子が書かれている。

靖子が名乗り出なければ、石神は恋慕する靖子を守れて、靖子も娘と共に生活できる。
あらすじの紹介では書いてなかったが、靖子にはいい感じになっている男性がいた。
石神は、靖子にこの男性は頼りになる男なので、自分に引け目を感じてはならず、幸せな家庭を築くことが良いと書き残している。

殺人の罪をかぶることは靖子がたのんだことでなく、石神が勝手にしたことである。
そして、靖子が幸せな家庭を築き、自身が殺人で捕まることは石神自身の本望である。
名乗り出なければ、石神・靖子、ともに望んだものが手に入る。

さらに、靖子の最後の自白で何のメリットがあったかというと皆無である。
ばれていない完全犯罪が一つあらわになるだけである。
石神はホームレスを、靖子は富樫を殺した罪で、一人多く捕まることにしかならない。
決して、石神が無罪になるわけではない。

上記の葛藤で靖子は大いに悩む。

だから、靖子は名乗り出ない方がよいという考えもある。

しかし、私は靖子が名乗らず、石神のみが捕まったエンドだとしたら、この小説はムナクソ悪い駄作になったと思う。

相手が望んだこととはいえ、自分の殺人を押し付けて、自分は外の世界で幸せな家庭を築いて終わるのは、まったく納得いかない。
そこまでの描写やトリックが素晴らしかったからこそ、「なんや、このクソ女」と本を破り捨てたかもしれない。

バレることは決してない罪について、石神の「献身」に打たれて自白する靖子が、この作品のハイライトだろう。
そこがなければ、この小説の価値は、半減してしまう。

双方にとって何の得もない自白。
「共に罪を償う」ことを選んだことでこの作品は完成した。そして、最高傑作となった。